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關于谷崎潤一郎文學中的男性形象——以其大正時期的犯罪小說為中心

論文作者:留學生論文論文屬性:碩士畢業論文 dissertation登出時間:2021-07-10編輯:vicky點擊率:14

論文字數:26555論文編號:org202107021458565822語種:日語 Japanese地區:中國價格:$ 44

關鍵詞:日本文學論文谷崎潤一郎文學犯罪小説男性像

<标题>摘要:本文是一篇日本文學論文,谷崎潤一郎的早期創作是從明治43年(1910年)開始的,這個時期的日本文壇對以“無理想、無解決”的平面描寫為創作理念的自然主義文學執牛耳。自然主義文學家們強調以客觀的立場觀察和描寫現實的真實面貌,為了描繪真實而排斥一切美化。

筆者認為犯罪小說的世界光彩奪目,對于追求官能刺激和“惡魔之美”的谷崎來說,犯罪小說正是最能表現他惡魔藝術的題材。谷崎這樣不斷追求感性之美的結果,就這樣踏上了妖艷、怪異的小說空間。與此同時,他自己也在創作這些犯罪小說的過程中,經常借助主人公的手,謀求藝術和現實生活的統一,努力使兩者一致。本論文所列舉的四部作品都忠實地反映了谷崎的意圖。

第一章 先行研究


1.1 思想性の有無に関する論爭

<标题> 谷崎潤一郎についての評価は、「思想」の一語をめぐって行われてきた。佐藤春夫は、大正 13 年 10 月に発表された隨筆評論「秋風一夕話」で谷崎を「思想のない蕓術家」と規定し、続いて昭和 2 年 3 月に「改造」で発表された「潤一郎 人及び蕓術」では彼の「悪魔主義」を「思想上のポーズではあっても(中略)思想そのものではない」と結論した。この観點は「谷崎潤一郎」(「中央公論」昭和 6 年 5 月)の小林秀雄から、『谷崎潤一郎論』(昭和 27 年 河出書房)の中村光夫へと継承された。

小林秀雄によれば、「彼ら(ポーもボトレエル)の制作は人生観上全く知的な熱烈なドグマの上に立っていた。彼の栄光も、悲慘も、あくまでも感覚的に谷崎氏の蕓術と本質的な交渉を持つことはできない。」と述べており、谷崎をポーやボトレエルと縁がない人と見なし、何故なら「谷崎氏には思想 批評精神が欠如しており、知的共感性もない」とした。

<标题> また、中村光夫が『谷崎潤一郎論』では、「もともと谷崎のような思索能力の貧弱作家が二十歳やそこらで何か獨創的な思想の閃きを捕らえていたら、それこそ奇跡というべきで、彼の信奉した『悪魔主義』自體が、當時の文學界、思想界の働きが、知らず知らずのうちに彼の頭脳を刺激して作り上げた時代意識の個性的な形態に他ならなかったと思われます。」と述べており、谷崎を「思想なき蕓術家」と定義づけたのである。

<标题> これらに対して、谷崎を思想家として論じる伊藤整は「谷崎潤一郎の蕓術と思想」の題を付されることになる『現代文豪名作全集 第二巻 谷崎潤一郎集』(河出書房 1955 年 1 月)の解説文では、「敵を個人の內側、人間性の深部の発見、そのエゴイズム、色情、異性崇拝、嫌悪、嫉妬などのために、倫理、秩序感が崩壊する恐怖を描く」と谷崎文學の思想性を肯定する。このように、中村光夫や伊藤整を代表とした谷崎否定論もあれば、伊藤整のような支持者もあるから、谷崎の評価史が複雑な様相を呈している。

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<标题> 1.2 谷崎の耽美主義について

「すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった」と谷崎自身が「刺青」を以て示した通り、谷崎は極致の美を追求する耽美主義を代表する一人であることは疑う余地がない。文壇デビュー當初から、「明治の文壇に於いて今日まで誰一人手を下す事の出來なかった、或は手を下そうともしなかった蕓術の一方面を開拓した成功者は谷崎潤一郎氏である」1と永井荷風は讃美の辭を惜しまなかった。さらに、谷崎文學の特質について、永井荷風は次のように指摘している。

「第一は肉體的恐怖から生ずる神秘幽玄である。肉體上の慘忍から反動的に味わひ得らるる痛切なる快感である。(中略)谷崎氏の作品の第二の特徴は、全く都會的たる事である。江戸より東京となった都會は氏の思想的郷土であるが故に、広く見れば氏の作品は全く郷土的であるとも云える。(中略)最後に谷崎氏の作品の特徴とすべき所は、文章の完全なる事である。」2

本間久雄も「我國に於て最もよく所謂唯美主義的傾向乃至は所謂官能派的傾向を代表しているという點に於て、確かに今の我が文壇にありて最も特色あるユニックな地位を占めているものであることは爭われない」3と指摘している。

中國における谷崎文學の耽美主義に関する研究も多々ある。例えば、趙薇(2006)の《谷崎潤一郎的唯美理念研究》では、谷崎の耽美主義を三段階に分けている。初期は『刺青』に代表される女性肉體の官能美に対する追求であり、中期は『癡人の愛』に代表される性と愛の自由への追求と、女性美と官能美への絶対的忠実であり、後期は『細雪』に代表される日本伝統美への回帰であると趙が指摘している。

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第二章 『私』――「悪」と「人道」との狹間


2.1 <語られる私>の人物像

語り手の「私」の敘述によると、外見から見れば「私」は「瘦せッぽちの色の青白い神経質の男」である。ここで注目すべきなのは「神経質」というキーワードである。周知のように、大正期において谷崎は実に大いに神経質で、あるいは神経衰弱にかかった人物を描いていた。後に論じる三つの作品における主人公がいずれも神経衰弱にかかった者であることからみれば、神経衰弱というテーマは谷崎の犯罪小説と切り離すことのできない関係を持っていると言えよう。また、西元康雅(2006)が「<感覚の錯亂>への経路--谷崎潤一郎『柳湯の事件』における神経衰弱」という一文では、詳しく主人公である青年の神経衰弱と彼が起こした犯罪と連関して小説を分析した。さらに西元氏は「神経衰弱と犯罪が手を取り合い、相互作用し合うことで大正七年前後の谷崎文學を形作っていた」2という見解を示した。こうしてみれば、『私』において、神経衰弱が「私」の盜む行為と直接的な関係を持つように描かれていなくても、この設定自體は「私」という人物の「どうしてもぬすッとだけは止められない」という性質に一層精神病理的意味を込めている。

話は<語られる私>の人物像に帰するが、ここでもう一つ注目すべき點は「私」が自分がぬすッとであることに対する態度である。物語の終局に「私」が捕まった後、自分の犯罪行為に対してあれこれ弁解したが、面白いことに最後は「悲痛な感情を笑いに紛らしながら」、こういう一言を付け加えた。「ああ、君らは僕を図々しい奴だと思ってるんだね、やっぱり君らには僕の気持ちが分からないんだね、それも人種の違いだから仕様がないかな」。散々盜みを働いたにもかかわらず、被害に遭った友人の理解を求めようとするなんて言語道斷だ、と思われても仕方がないのに、ここでまたすべてを「人種の違い」のせいにしようとしている。では「私」が理解している「私」と友人たちの「人種の違い」とは一體どんなものなのだろう。ここで本文から以下の內容を抜粋する。

表 2 「買う」と「売る」の意味変化

<标题> 表 2 「買う」と「売る」の意味変化

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<标题> 2.2 <語る私>の真実

前掲したように、語り手の「私」は自身の「うそ偽りのない記録」を誇っている。ここで本文から以下の內容を引用する。

「――君たちは善良な人たちだが、しかし不明の罪はどうしても君たちにあるんだよ。僕はこの間から幾度も幾度も正直なことを云ったじゃないか。『僕は君らの考えているような値打ちのある人間じゃない。平田君こそ確かな人物だ。あの人が不明の罪を謝するようなことは決してない』ッて、あれほど云ったのが分からなかったかね。(中略)僕は決して一言半句もウソをつきはしなかっただろう。ウソはつかないが本由提供整理,提供,,,,,,相關核心關鍵詞搜索。

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